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『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』 著 マーカス バッキンガム マイクロソフトが世界的に優勢なのは、アプリケーションがエンド・ユーザーに優しい設計だからではない。多くのライバルが、よりわかりやすく、安全で壊れにくいアプリケーションを提供している。マイクロソフトは、ほとんど巨大企業と手を結ぶ強みだけを核として、一大帝国を築いてきた。このパートナーシップの強みのおかげで、IBM、デル、インテルといったハードウェアの製造元と協力してソフトウェアをくみこむことも、そうしてできたパッケージをフォーチュン500社のIT部門に売りこむことも可能となった。 好対照をなすのが、パートナー選びの下手なアップルだ。ハードもソフトも自社で管理することにこだわり、企業のIT部門とうまくつきあう方法も学ばなかった。この弱みのために多大なシェアを失ったことはまちがいないが、それでもスティーブ・ジョブズは、アップルの核となる強みを効率よく成長させ、栄えある企業を築くことができた。その強みを彼はこう表現している。「最新技術を生み出し、このうえなく簡単に使えるようにすること。われわれがつねにしてきたのはこれであり、これこそマックだ」。ipodとiTunesのくみあわせも、まさにこれである。『MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方』 著 ヘンリー・ミンツバーグ スティーブ・ジョブズがスティーブ・ウォズニアックとともに、伝説のハイテク企業を立ち上げたのは、1970年代半ばのことだった。二人は思い切った挑戦をして、最初のパーソナルコンピュータ「アップル」を開発した。やがて、巨人IBMが独自のパソコンを開発し逆襲してきた。熱烈なファンの間では、アップルのほうが上というのが大方の見方だった。しかし、企業としての体力と大企業からの支持で勝るIBMは、たちまちパソコンの売り上げ額でアップルを追い越した。 ジョブズは、あまりに探検家すぎたのだ。革新的ではあっても、商品のまとまりがなさすぎた。アップルに必要なのは、「コスト抑制、固定費の削減、商品ラインナップの合理化などの規律」だと、フォーチュン誌は指摘した。マーケティングと流通の強化に加えて、もっと上手に開拓をおこなってイノベーションの果実をもっと効率的に活用する必要があった。 そこで1983年、ジョブズはペプシコーラの社長だったマーケティング専門家のジョン・スカリーを社長に迎え入れた。ペプシ時代のスカリーは、「ラージサイズ・プラスチックボトルの導入」や「ペプシチャレンジキャンペーンの推進」などの「イノベーション」をおこなった実績があった。最初のうち、この「著名なアイデアマン」と「モーレツ型の経営プロ」は協力し合っていた。しかし、すぐにぶつかり合うようになる。ジョブズは「(新製品)いかに豊かな技術的可能性をもっているか、ダークスーツ姿のMBAのマーケティング屋にはわからないと言い放った」と言う。 ジョブズは、もっと早く気づくべきだったのかもしれない。スカリーの自伝によると、二人が会ったときすぐに、スカリーはこう言ったのだ。「北カルフォニアがコンピュータのイノベーションにおける『テクノロジーの中心地』だとすれば、アメリカ北東部はビジネスのイノベーションにおける『マネジメントの中心地』です」。 やがてジョブズがスカリーを追い出そうとすると、逆にスカリーが取締役の支持を取りつけてジョブズを追放した。『美徳の経営』 著 野中郁次郎 紺野登 アップル社はジョブズが中心となってパーソナル・コンピュータの世界を創造してきた歴史そのものだが、企業戦略にかんしては創業時点から常に問題を抱えてきた。アップルの歴史はいかに一般的な戦略が役に立たないかの実証だ、という意見すらある。象徴的なのはペプシでマーケティング戦略の天才とすら呼ばれたジョン・スカリーの失敗である。結局、アップルのようなイノベーションを本質とする事業においては、創造行為の実践のみが課題なのであり、企業としての戦略目標や一般的な分析は効用をもたらさなかった。ジョブズはアップル創業から「追放」に至るまで、テクノロジーに対して素晴らしいビジョンを持っていたが、事業戦略では誤ったといえる。かれの後継のCEOたちはその両側面で誤った。ジョブズがアップルに最接近する契機になったのは、技術畑中心のCEOジル・アメリオが率いていた当時の優秀な技術研究所が有効なオペレーティング・ソフトウェアを持てなかったために、ジョブズのネクスト社を買収することになったときだった。しかしそれでもアップルは回復しなかった。最後に、アップルはその事業がアーティストやクラフツマンの所産であることを覚ったとき、再び成長の道を辿ることができた。たとえばアップル創業期の伝説的パーソナル・コンピュータ、appleⅡはまさに芸術的だと称される。ジョブズが1997年にアップルに戻ってきたとき、同社は大きなポテンシャルを持ちながらもうまく製品を市場に出せなかった。それは戦略が先行し、創造のためのフォーカスが定まっていなかったからだ。ジョブズは「マネジメント」や「戦略」といった要素を否定する必要があった。そこで、カムバック当時は「暫定CEO」として年棒1ドルという条件で、自分は金儲けのために戻ってきたのではないということをデモンストレーションした。製品ラインをビギナー用とプロフェッショナル用それぞれのデスクトップ、ノートの四種に絞り、それまで「聖域」だったPDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)、「ニュートン」を中止した。ジョブズは創造性にフォーカスし、社内外の資産を集結することに心血を注いだ。二〇〇〇年一月の「フォーチュン」での記事で、ネクスト社の技術をベースとしたGUIを大幅に革新した、Mac OS Xがアップル変革の核として取り上げられている。そこでジョブズCAO(Chief Aesthetic Officer最高美的責任者)と評されている。その役割は、パワーや戦略で改革を成し遂げるリーダーではなく、デザインや審美性で社内外にコミュニケーションを図ることでイノベーションを生み出すことである。「ipod」などを生み出した現在のアップルのデザインはユーザー調査などはまったく行わないクローズドなアプローチだが、ジョブズ自身がスーパーユーザーとなって英国人のデザイン責任者がそれを具現化するというスタイルをとっている。『スティーブ・ジョブズのスピーチより抜粋』私は幸運だった。人生の早い時点でたまらなく好きなことを見つけた。20歳のとき私は実家の車庫でウォズといっしょにアップルを始めた。私たちは懸命に働いて、10年でアップルは車庫のたった2人から4000人以上が働く20億ドル企業になった。1年前に私たちの最高の創造物であるマッキントッシュを出したばかりで、私は30歳になったばかりだった。そして私は首になった。どうしたら自分が作った会社を首になれるかって?そう、会社が成長する過程で一緒に会社を経営するのにとても才能のあると思えた人を雇い、最初の1年ほどはうまくいった。しかしその後、将来のビジョンが分かれ始め最終的に仲たがいとなった。そうなったとき取締役会は彼の側に付いた。それで私は30歳にして失職した。しかも、とてもおおっぴらに。私は大人としての人生全体の中心だったものを失い、それは衝撃的だった。 何ヶ月か何をすべきか全く分からなかった。一世代前の起業家達を失望させたのではないかと感じた。私に渡されつつあったバトンを落としてしまったと。デービッド・パッカードとボブ・ノイスと会った。そして、めちゃくちゃにしてしまったことを謝ろうとした。私はよく知られた落伍者となり、シリコンバレーから逃げることも考えた。しかし、何かが徐々に私の中で湧き上がってきた。自分がしてきたことが、まだたまらなく好きだった。アップルでの出来事はほんの少しの影響も与えなかった。私は拒絶されたが、まだたまらなく好きだった。そして私はやり直すことを決意した。 そのときには分からなかったが、アップルを首になることは私に起こり得る最善のことだった。成功していることによる重圧は、再び新参者となったことによる軽快さで置き換えられ、何事にも確信の度合いが減った。私は人生で最も創造性豊かな時期へと解き放たれた。 それから5年間、私はNeXTという会社を起こし、もう1つPixarという会社も起こし、素晴らしい女性と恋に落ち結婚した。Pixarは世界初のコンピューターアニメーションの長編映画、トイストーリーを製作するまでになり、現在最も成功しているアニメーション制作会社だ。驚くべき事態の展開により、アップルはNeXTを買収し、私はアップルに戻り、NeXTで開発された技術は現在進行中のアップルのルネッサンスの中核をなしている。そして、ローレンスと私は素晴らしい家庭を築いている。 私がアップルを首にならなかったら、これらのことは1つも起こらなかったと私は確信している。ひどい味の薬だったが、この患者には必要だったのだと思う。人生は時にレンガで頭を殴る。信じることを止めてはいけない。私は自分がしていることがたまらなく好きだ。それが私を動かし続けている唯一のものだと堅く信じている。たまらなく好きなことを見つけなければならない。そしてそれは仕事についても愛する人についても真実だ。仕事は人生の大きな部分を占めることになり、真に満足を得る唯一の方法は偉大な仕事だと信じることをすることだ。そして偉大な仕事をする唯一の方法は自分がしていることをたまらなく好きになることだ。まだ見つけていないなら探し続けなさい。妥協は禁物だ。核心に触れることはすべてそうであるように、それを見つければ分かる。そして素晴らしい関係は常にそうであるように、それは年を経るにつけてどんどん良くなっていく。だから見つかるまで探し続けなさい。妥協は禁物だ。『非常識経営の夜明け 燃える「フロー」型組織が奇跡を生む』 著 天外 伺朗あ、スティーブ・ジョブズに関してひと言いっておくと、僕が彼を個人的に知っていたのは、もうかれこれ二五年前の話だからね。いまは、すっかり変わっているかもしれない。彼は、サンフランシスコ禅センターの高弟で、もう三〇年以上禅とか瞑想とかを続けているんですよ。だから、内面的に相当充実している可能性があります、現在はね。僕がいつもいっている、「意識の成長・進化」という意味では、彼は自分で意識して着々と努力をしてきている数少ない経営者のひとりです。最近のアップルの復活や、Pixarが大成功してディズニーに売却したり、というのは、その彼の変容と関係があるかもしれないし…。【今日の日記】いや~今回も長い文章が…全部を読んでいる方は一人もいないと思いますが(笑)重要な項目が多いので学ぶことが非常に多かったです。自分が意外だったのはジョブズが「禅」に大きな影響を受けていて今でも、毎週のように座禅を組んでいるということなんです。突き抜けている人には不思議と共通点があるように思えて仕方ありません。例えば、天才棋士の羽生善治さんが深い集中状態の時の脳波を調べると、安静時よりも下がっていて高僧が瞑想をしているときと一致していたそうです。この状態ですと、右脳が活発化され、「論理」よりも「直観」が優先されるそうです。最近、興味を持っているのは「量子力学」と「東洋哲学」ですかね。難しそうな分野ですが、「死生観」や「世界観」を身につけて「経営」を本気で学ぶためには避けて通れない道なのかもしれません。
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